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2021/02/14 トランプ前大統領の方針受け/ 逮捕者続々!アメリカで大規模人身売買組織壊滅作戦展開中!! #人身売買組織摘発#逮捕者・・・情報記事動画等。

[オススメ動画]
Positive Revolutionポジティブ レボリューション
この世はシュミレーションなのか?
Positive Evolutionポジティブ エボリューション

https://www.youtube.com/watch?v=KsbDHgjMg8k























作成中です・・・。

破魔です。ご自由へお持ちかえり下さい。































ファイザーのワクチン 停電による影響はなし
14日 16時10分
 加藤官房長官は、12日に日本に到着したファイザーの新型コロナワクチンについて、13日夜の地震で発生した停電による影響はないと明らかにしました。

 「ファイザー社に確認したところ、同社が日本に到着したワクチンを保管している場所に関しては停電の影響は受けていないと聞いております」(加藤勝信 官房長官)

 12日に日本に到着したファイザーの新型コロナワクチンは、超低温で保管する必要があります。加藤官房長官は臨時の記者会見で、ワクチンについてこのように述べ、13日夜の地震で発生した停電による影響はないと明らかにしました。

 また、ファイザー社から、揺れによるワクチンの品質への影響も報告はされておらず、現在は、“必要な温度で管理されている”ことを明らかにしました。

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4198824.html




[記事関連動画]
友冨 新政経
TT情報・原口隆志氏特集(後半ビデオ)

https://www.youtube.com/watch?v=d7YGwcXtJ18
































友冨 新政経
見よ!トランプ大統領は 北富士演習場掃討作戦に最強の宇宙軍「TR 3B」3機を投入して地下施設を破壊!!

https://www.youtube.com/watch?v=IkBe7ncHq08

[関連動画]
鳴霞の「月刊中国」YouTube
日本語字幕版 トランプ前大統領の方針受け/ 逮捕者続々!アメリカで大規模人身売買組織壊滅作戦展開中!!
#人身売買組織摘発#逮捕者#トランプ大統領
鳴霞の「月刊中国」YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=b9SXtRG2uf4




































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以下プライベート区域です。 記事とは関係ない私的メモ覚書きすぐ観られるように映画動画等。
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Lucy Ashton
http://zousen-shiryoukan.jasnaoe.or.jp/wp/wp-content/uploads/report/100915-No2-tenji-bunken-25.pdf




以下[覚書/継続調査対象/超重処刑対象/保護対象/重要告知/独り言/甲斐[盔]毒を解読/ 大企業複合体等]

日本学術会議    日本工学アカデミー
翰林院

昭18東大船舶科卒のクラス会(一八会)
の中食会に合わせてのことである。その2週間はど前,
つまり月初めに写真・図・表を出稿すると,それに必要
なスペースから逆算した本文枠の行数を大沢さんから連
絡してくれる,という繰り返しであった。覚悟はしてい
たけれども本文の原稿よりも,写真・図・表の選別と仕
上げの作業が予想以上に大変で,水槽の久住昇三元講師
と小野田呑さんには本当にお世話になった。以上の方々
には心からお礼申し上げる。
日本造船学会と日本造船研究協会
日本造船学会には佐藤尚会長(昭40.11~ 4211)の
とき編集理事(副)を,また遠山光一会長(昭44.11~ 46
11)のとき庶務理事(副)を担当した。遠山会長(菅四郎
副会長・芥川輝孝庶務理事・正)のときに国際部ができ,
学会の基金も強化され,会議派遣など確かに恩恵を受け
たけれども, 百年・二百年の単位で考えたとき,果たし
てこれで良かったのであろうか,との疑間はいまに残っ
ている。学会は矢張り純粋であるべきであり,そのため
には苦しくても自立の道を探るべきであろう。一度易き
につくと,なかなかそれから抜けられないのは個人も団
体も同じである。遠山会長とは日聖丸(当時鶴見造船所
基本設計部長)以来のご縁であったが,山本武蔵先生の
ご長男の実さんがNKKにおられた関係で, 武蔵先生
の33回忌(昭53.12.10)に恩師を偲ぶ会を催すに当たり,
本社副社長室に木下昌雄先生・松岡金太郎氏(昭201工)
と共になんどもお邪魔し,こまやかなご配慮を頂いた思
い出がある。学会関係ではそのほか試験水槽委員会や論
文審査委員会などあるが,前者については谷□ 中氏の
精確なレビュー1)があり,それによると筆者が委員にな
つたのは戦後第1回(通算25回)の昭和21年6月24日■
このときかなり大幅の新旧交替が行われ,委員長は出渕
巽氏から青山貞一郎氏に,新幹事には木下・谷口・土田
の3氏がなられた。論文審査委員会についていえば,従
来審査委員に定年制がなく, 日進月歩の科学技術の最先
端にくらくてはその職責を全うすることがムッカしくな
る部門もある。そこで,不文律という形で,水関係(第
1・第2部門)に限り満63歳になったら自発的に後進に
道を譲ることを提案し,井上正祐先生らのご支援も頂き
ながら実現できた。
日本造船研究協会の設立は昭和27年6月。日聖丸が予
期せざる4ケ月余の長い処女航海をおえて帰国した1ケ
月あとのことで,主として山県昌夫先生のご発意による。
「日聖丸実船試験成績と模型試験成績との比較研究」が
研究部会第1号(SRl)として実施された(昭27.7~28
10)。写真12・1~ 12・3はその報告(造船報告陥1,
昭298)からの抜粋で,写真12・2は1月23日午前10囁
復路summer zoneの北縁35°N線を西航中のslam―
mingの状況で波浪階級7。写真12・3はこれと対照的な

very smooth"の状況(2月18日正午)である。英国
のBSRAがスタートしたのも造研のそれとほとんど同時
で,山県先生が「人間の考えることは東西どこでも同じ」
となにかに書いておられたのを思い出す。BSRAのヒッ
トは水関係でいえばLucy Ashton号の実験あたりであ
ろうが,さて,造研SRのヒットはなんであろうか?私
が関係したSRは1,41,45,61,98,107, 1鍋,159,
171, 174, 183, 196, 199の13 (171, 174, 183は書再と登
長)であるが, もっとも印象に残るのは183(甫1号参照)
である。もしSR 199が当時の誤った政策でたった1年
で打切りにならず, S R 183からいまのS R 206の内容が
青雲丸を軸として中断することなくつながっていたとす
れば,それこそLucy Ashtonを凌ぐ大ヒット作が生ま
れていたはずである。当時の政策担当者がSR 183の報
告書を全部といわず要点だけでも目を通しておいてくれ
さえすれば,あのような大きなロスは防げたであろうに
と,かえすがえすも悔まれる。造研についていえばSR
のほかに,研究委員会や調査部会・追跡評価委員会など
もあるが省略する。またONRシンポジウムや船舶数値
流体力学会議(ICNSH)の日本での開催には,学会に
代って,造研が日本側の共催機関として機能したことは
後述の通りである。
2つの造波抵抗セミナー
国内的なことからとしては日本学術会議やその流れを
汲む日本工学アカデミーなどまたあるが, これらをアト
にまわして,国際会議の話に移る。国際会議には大別し
て定期的なものと,そうでない単発的・不規則なものと
がある。また内容・性格的には浅くて広いものと,狭く
て深いものとがある。筆者は後者に,とヽ惹かれる。前者は
とかく

お祭
"に
なってしまうからである。日本のように
欧米から地理的に遠いところでこの種の“
narrow and
deep"な会議を企画実行することはかなり決断を要する
仕事でもある。その代表Fllが昭和51年(1976)2月,東
京。大阪で開かれた国際造波抵抗セミナー(ISWR)で
あって,これに引続いてソウルで船舶流体力学会議(I
SST)も開催された。造波抵抗についての国際会議はこ
れより13年前の1963年夏(819~ 23)に米国ミシガン州
アナーバー市において「造波抵抗理論に関する国際セミ
ナーJ2)が開催されており, この企LBjの中心が写真12・4

very smooth"の状況(2月18日正午)である。英国
のBSRAがスタートしたのも造研のそれとほとんど同時
で,山県先生が「人間の考えることは東西どこでも同じ」
となにかに書いておられたのを思い出す。BSRAのヒッ
トは水関係でいえばLucy Ashton号の実験あたりであ
ろうが,さて,造研SRのヒットはなんであろうか?私
が関係したSRは1,41,45,61,98,107, 1鍋,159,
171, 174, 183, 196, 199の13 (171, 174, 183は書再と登
長)であるが, もっとも印象に残るのは183(甫1号参照)
の前列中央のProf.Couch(向って左から5人目)と
Prof.Weinblum(同6人目)である。主催はミシガン
大学,後援はONR(0鍋ce of Naval Research)とN
SF(National Science Foundation)であった。論文
数39のうち日本からの寄与は13で,米国の16に次ぎ,出
席者も当時ミシガン大の客員教授であられた高幣さんを
筆頭に,横山・丸尾・別所・笠原・梶谷および筆者の7
名で,Dr.Pienの顔も2列目の左端に見える。 ISWR
はこれに対するお礼の意味も含めて企画した。写真12・
5は虎ノ門・船舶振興ビル屋上で撮ったものである。 ミ
シガン大学には1960年頃より毎年夏休みを利用して2ケ
月近く滞在し,これにはCOuch教授ご夫妻(写真12・6,
12・7)をはじめ当時日本から留学しておられた元良・
高幣両先生にも大変お世話になった。Couch夫人が日本
庭園に興味があり,お礼に雪見灯籠を船便(飯野海運)
でお送りしたら,大変喜ばれた。デトロイトの港まで
Prof.Couchのクルマで高幣さんと3人で受取りに行っ
たとき,キリンビールをご馳走になり,かなりexpen_
siveだったことを思い出す。高幣さんは昭和61年5月18
日,惜しくも永眠されたが,その追悼をかねた記念論文
集が回流水槽懇談会によって刊行され,PrOf.Couchの
追悼文にもこの石灯籠のことが書かれている。なお, I
SWRとISSTの両方の舞台裏の苦労話について,達疑響
が,また前者にはISWR実行委員会4),後者には元良・
田崎・仲渡3氏5)の報告がある。
単発の会議では, このほか,自ら企画運営したわけで
はないが, 2つの類似の会議をiointするお世話をした
ことがある。 InteSymposium on Propeller and Cav_
itation(ヽVuxi, 1986. 4.8-4.12)とInt.Symp.on
Cavitation(イ山台,同4.16~ 19)とである。この2つ
の会議は当初,別個に企画され,前者は1週間早く4月
1日から,また後者は仙台での桜の時季に合わせて4月
下旬に予定されていた。約2年前の1984年春頃,前者に
ついての情報がWuxiの研究所にいた楊家盛氏を介して
入った。楊さんのお父上は出渕さんと同期の楊俊生氏伏
9)で,お母上は日本の方である。造船ヤでキャビテー
ションの研究をしている息子さんがいるらしい,とは出
渕さんからずっと昔承っていたので,早速楊さん訪日の
段取りを設営した。すでに18th ITTC(神戸)が決まっ
ていたので招聘の表向きの理由はITTC関係の連絡およ
び視察とした。1984年7月下旬のことである。当時楊さ
んのご長男が姫路工大に在学中で,明石市在の叔父さん
のところに下宿しておられた。いわば一石二鳥でもあっ
たわけである。
国際試験水槽会議(lTTC)など
水槽関係の定例的な国際会議としては現在のところ,
国際試験水槽会議(ITTC),ONRシンポジウム,船舶
数値流体力学会議(ICNSH)の3つある。間隔はそれ
ぞれ, 3年・2年・4年となっていて表12・1~ 12・3
にこれらの会議の年表を示した。このうちITTCは戦前の
水槽主任者会議の流れを汲むものであり,よきにつけ悪
しきにつけ,その伝統はいまに強く残っている。他方残
りの2つはいずれも米国色(特に海軍)の濃いものであ
る。結局,船型学や船体運動学(海洋および氷海を含む)
の分野での,真に純粋な無色透明な国際学術会議は存在
しない。これは特に大学の立場からは大いに問題のある
ところであって,日本の大学人はこの現状に決して満足
しているわけではない。筆者ももちろんその一人である。
昭和63年秋,思いがけなく文化功労者に選ばれ,有難い
年金を頂く身分になったとき, 1年分の年金を学会に寄
付するに当たり,その使途でまず考えたのが, こ
の問題解決の一助にしたい,ということであった。
しかし,それにはいささか少額に過ぎるので国際
交流基金の事業をしらべたりしている矢先,天安
門事件が発生,世界は無理にしても,せめてアジ
ア地区で,と練りかけた構想もついえた。乾賞(奨
励賞)はその終着駅である。写真12・8は13 th
ITTCの折のもの。この年ミュンヘン・オリンピ
ックが期が同じくして開かれ, イスラエル選手団
の悲劇が起きたのはRestttance Sessionの前夜
であった。写真12・9は17th ITTC理事会の中食時
の写真,また同12・10~11は18th ITTCのそれで
ある。後者で中央がDro Morgan(米),向って右
がPrOf.Krappinger(西独)である。
東大を退官した年(1980)の秋,13th ON Rシ
ンポジウムを東京で開催した。主催機関としては
造学に代って造研にお願いした。当時すでに造船
業界の構造不況がかなり進行中で, 古賀繁一造研
会長から一時ストップ令が出かかったのには大変
弱り,当時副会長をしておられた重川渉先輩にご
相談するやら,ワシントンのMr.Cooper(ONR)
のご自宅に深夜電話するやら,いろいろあった。
写真12・12~13はこのシンポジウムの前夜祭当日(1980.
10.5)の午後,都ホテル東京で開いて頂いた退官記念パ
ーティでのスナップである。この日は偶然,私共夫妻の
結婚記念日であり,また都ホテル東京の副社長井L隆
氏は一高野球部の後輩で近鉄本社の専務をやめた直後で
あった。写真12・14はシンポジウムに引続いて修善寺の
日造協研修センターで行った造波抵抗計算ワークショッ
プの折のものであ工学部の再編と再開発のものである。
工学部および船舶関連学科拡充の経緯については前号
で述べたが,昨秋の工学部退官教授懇談会(平3.107)
での菅野卓雄工学部長(電子)や藤野正隆船舶海洋工学
科主任のお話によると,本年度(平成4年度)は工学部
にとり,再編(4年計画)とキャンパス再開発(9年計
画)の両方のスタートの年に当たる由である。再編の骨
子は学部から大学院への重点の移行と,明治26年以来連
綿として続いた旧講座制の消滅である。初年度に当たる
平成4年度には表11・1(前号)に示した工学部所属学
科のうち,土木から船舶までの8学科が再編の対象とな
り,船舶でいえば, 日玉である大学院専任講座としての
「実現化工学J(苦心の作であろうが,正直いって判り
にくい!1)が新設される。と同時に,表11・2(前号)
の9講座のうちの船舶工学第1から第5までの5講座が
「船舶システムエ学」に, また海洋工学第1から第3まで
と応用力学第3の4講座が「海洋システム_工学Jに,そ
れぞれ集約され,以上3本の柱に生研の「船体運動学J
が研究所協力大講座としてもう一本加わり,計4本柱で
大学院船舶海洋工学専攻課程が構成される。
一方,学部
教育の方は「船舶J。「海洋Jの両システムエ学が,そ
れぞれ(大)学科日としてこれを担当することとなる。
スタッフ定員は教授・助教授が各1名増となるものの,
貴重な助手の定員が2名減となり,現在でもトップ・ヘ
ビーの定員構成に拍車をかけることになりそうである。
大学院学生定員はこれに伴い,修±19→25,博±10→12
と増員される。ところで,「船舶」といえば昔から製図
時間が多いので有名であったが,最近は年々減少の一路
を辿り,今年はついにゼロになった由である。これで思
い出すのが,たとえば(5。14)式のような造波抵抗を
求めるとき,同式右辺の積分を行うのに, しばしばブラ
ニメータのお世話になったことである。特に船全体の造
波抵抗を求める場合には,振幅関数A(θ )は船首波と船
尾波との干渉で低フルード数ほど,山・谷の振動が激し
くなり,被積分関数を描く手間が大変になる。 “労多く
して益少なし
"の
感が,のちの“
漸近展開(第5回)"ヘ
の着想のひとつの下地になっていたように思う。このよ
うな原体験を思い出すたびに,最近のコンピュータ化に
対し,いささかの抵抗感なしとしない。
日本学術会議と日本工学アカデミー
残リスペースが僅かになった。日本学術会議には第11
期(和531.20~ 56.119)の会員として,「研究」と
「科学者の地位」両委員会の委員として,また「日本工学
・技術機構」関係の要望書作成に関係した。これについ
ては「日本学術会議・続十年史Jp.150以下に詳しいの
で参照されたい。現在筆者も理事の一人として加わって
いる日本工学アカデミーはこの流れを汲んたものである。
国際試験水槽会議(lTTC)など
水槽関係の定例的な国際会議としては現在のとこnarrow and
deep"
[ 2021/02/14 20:28 ] wake up ! | TB(-) | CM(-)